バイオ加工とは textileコラム⑨

&CROP編集部の瀧澤です。

今回はバイオ加工の話です。ファッションや繊維の業界で仕事をしているとバイオ加工やバイオウォッシュという言葉は聞いたことがあると思います。テキスタイルで良く見かけるのはデニムの加工見本で原布(regular)・ワンウォッシュ(one wash)・ストーンバイオ(stone bio)のように書いてある画像のような見本帳です。バイオ加工をごく簡単に言うと「微生物に繊維を食べさせて生地や製品の風合いや色味を変える加工」のことで、私が生地屋になった1994年頃はバイオ加工が新しい加工として注目されていて当時も同様の説明をされた記憶があります。微生物が生地(繊維)を食べるのかぁ?その時はわかったような良くわからない状態のままアパレルメーカーから生地のバイオ加工を請け負ってムラになったり、思い通りの風合いに仕上がらなかったり、納期に遅れたりしたのを思い出します。今にして思えば大した知識もなくノーガードで生地での加工を大量に受注するなんてもう飛んで火にいる夏の虫状態だったわけですけど…(笑)。これらの苦い経験をもとに? 今回はバイオ加工って一体どんな加工なのかを掘り下げたいと思います。バイオ加工?と言う方はご一読いただければバイオ加工のことがより具体的にイメージできると思います。バイオォ~知ってるよ!と言う方も最後までお付き合いいただければうれしいです。

デニム画像

バイオ加工はいつから頃はじまった?

テンセル/リネンの交織デニムの画像
テンセル/リネン交織デニム

生地の仕上げには様々な加工があります。薬品を使用しない最も一般的な綿のサンフォライズ加工をはじめシリコーンなどの柔軟剤による柔軟加工やデンプンや樹脂によって形態を安定させる仕上げ、ワッシャー仕上げ、天日乾燥風仕上げ、撥水加工、抗菌加工、防臭加工…等々挙げて行くと切りがなく、ニーズや技術の進歩に伴って様々な加工が生み出されています。その中で初めてバイオ加工がおこなわれたのが1988年と言われています。開発当時から環境負荷が低く画期的な加工方法と話題になりました。ただ残念ながら最初にバイオ加工をしたのがどこの加工所(メーカー)なのか情報がありません。もし知っている方がいたらご教示いただけると嬉しいです。ちなみに新品の生デニムを石と一緒に加工機に入れて洗うストーンウオッシュを1981年にエドウインが1983年にはビックジョンが始めました。80年代の後半になると次亜塩素酸ソーダを使ってデニムの色を抜くケミカルウォッシュが大流行、その後1990年頃からバイオ加工がおこなわれるようになります。もとは硬くて履きにくい生デニムを軽石と一緒に洗濯機で洗ったストーンワッシャー加工から漂白しながら洗うケミカルウォッシュへ、そして酵素の力で生地の表面を分解してソフトな風合いへ仕上げるバイオウォッシュへと加工方法も変遷していきます。ほぼ同時期の1988年にイギリスのコートルズ社(現在はレンチング・ファイバーズ社)が再生セルロース繊維テンセル®の試験生産を始め1990年には日本へも原綿が輸入されて商品開発が始まります。テンセルはレーヨンに比べて強度が強い反面で織物にして水に入れると極端に硬くなり染色・仕上げの工程でシワ・スレ・アタリが発生しました。また液中で擦れ合わされることで大量の繊維カスが出る欠点がありました。当時テンセル製品を企画していた大森企画(今はもうありません)がこのテンセル素材をジーンズの加工工場で酵素処理(バイオ加工)してもらったところキレイにカスを取り除くことができて軽石による洗いとバイオ加工を組み合わせることでソフトで上質な光沢とドレープ性のあるテンセルデニムが開発されました。1993年頃から販売が開始されたテンセルデニム製品は1996年春夏には400以上のブランドでデニムパンツ・シャツ・ジャケット・スーツ・ワンピース・ニットシャツやインナーまで商品化されます。しかし急激に市場に飽和状態にしたテンセルブームは間もなく終息して誰もテンセルに見向きもしない状態がしばらく続きました。一方でテンセルデニムブームが終わると生地でバイオ加工をして欲しいと言うアパレルメーカーからの要望で生地でのバイオ加工を請け負うことが増えました。しかし加工の特性上、生地での後加工では色ムラや風合が安定しない等のデメリットが多くてかなり苦労した記憶があります。現在では染からの一貫工程にバイオ加工を取り入れた生地商材やデニムなどの製品での加工がバイオ加工の中心になっています。

バイオ加工の仕組み

シロアリの腸内の微生物
ヤマトシロアリ腸内の原生生物群 画像は下記のリンクからお借りしています。 https://www.brh.co.jp/publication/journal/086/research/2

ここで良く言われている微生物に繊維を食べさせるとはどういうことなのかをもう少し詳しく説明します。はじめにバイオ加工はセルラーゼと言う酵素を用いて綿・麻・再生繊維などのセルロース繊維に対して行う加工でセルロース繊維以外のタンパク質(動物性)繊維や合成繊維には有効ではありません。さらに繊維を微生物に食べさせるという表現もニュアンスがだいぶ違うので説明したいと思います。植物繊維を構成するセルロースは植物の細胞壁の主成分でグルコース(ブドウ糖)が数千~数万繋がったポリマー(高分子)です。セルロースは加水分解されない(水に溶けない)ことで繊維製品として洗濯を繰り返して着用することが出来ますがその反面で綿や麻などの生地や製品を柔らかくするには糸の撚りを甘くする、織る際の打ち込みを少なくする、繰り返し洗う、叩く、柔軟剤を使用するなどの物理的手法しかありませんでした。セルロースは極めて安定した物質で分解するためには強酸や高温(400~600℃)・高圧のような条件が必要です。一方で自然界においては木材腐朽菌やシロアリの腸内に共生する原生生物、反芻動物の消化管に生息する微生物によって常温常圧下で分解されます。これらの菌や微生物がセルロースを分解する際に産生する酵素がセルラーゼと言う酵素で、この酵素の働きによってセルロース繊維や繊維表面の毛羽を分解して風合いをコントロールする加工がバイオ加工です。ちなみに昨今ではセルラーゼによるセルロースの分解はバイオマス資源としてセルロースを糖に分解する方法として広く用いられるようになっています。

ニドムバイオ加工

ニドムバイオの生地画像
ニドムバイオの生地

生地をバイオ加工する際にモミ・タタキ・セルラーゼ酵素処理を一貫して行う加工をニドム加工と言い日本でテンセルの加工専用に開発されたニドム加工機を使用して加工されます。現在ではニドム加工機やノウハウを持っている加工場は数件しかありませんがテンセルやテンセル混の素材に限らず綿100%や綿とナイロンの交織素材、ストレッチ素材などの加工にも使われていてニドムバイオ加工と呼ばれています。ニドム加工では加工後に染色する場合や染色後にニドム加工を行うケース、また先染め織物にニドム加工を行う場合など素材や求める仕上がりによって加工方法を変えています。手間と時間のかかる上にコストもかかりますが独特のパウダータッチの滑らかな表面感がとても人気のある高級感のある加工です。

製品バイオ加工は自分でも出来る?

デニムをはじめとするセルロース製品のバイオ加工は岡山県の産地をはじめ横浜などにも加工所があって少ないロットから対応してくれる場合もあります。加工方法についてはそれぞれの加工工場によってノウハウがあり社外秘となっているので詳しいことはわかりません。ただ下記のサイトでセルラーゼ酵素+PH調整剤をセットで販売していたのでもし自分でバイオ加工をやってみたいという人は試行錯誤覚悟で試してみるのも楽しいかも知れません。(笑)

廣瀬商事㈱セルラーゼ+ph調整剤お手軽セット

デニムなどを生地でバイオ加工する

お客様からデニムなどの生地を生地の状態で洗いやバイオ加工して欲しいと依頼されることがたまにあります。結論から言うと生地の状態での加工も可能です。ただし、生地で加工すると思わぬアタリやムラが出るのが普通で生地の種類によっては予想が出来ない場合も多いのでノークレームでの対応になることを理解して依頼する必要があります。

まとめ

リンボク化石画像
石炭紀のリンボク化石 Smith609 (英語版ウィキペディア), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

繊維の業界にいると生地やデニムの加工などで良く目にするバイオ加工について調べてみると知らなかったことや間違って理解していたことが色々とわかってきて面白かったです。もし間違いがあればご指摘いただければ幸いです。セルロースの分解について調べていたらプラスチックの原料である石油とバイオマス原料として注目されているセルロースの意外な関係がわかってとても興味深かったのでテキスタイルから少し離れますが次回はそのテーマで書いてみたいと思っています!最後まで読んでいただきありがとうございました♪

参考にさせていただいた資料

東京大学 農学生命科学研究科 プレスリリース

セルロースの表面を溶かして分解する酵素の機能を解明

精製セルロースの染色加工

セルラーゼ wikipedia

ニドムバイオ加工 桑村繊維ファブリック部

マトリョーシカ型共生が支えるシロアリの繁栄

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