化石燃料と植物繊維の意外な関係 textileコラム⑩

&CROP編集部の瀧澤です。

前回のtextileコラム⑨では「バイオ加工について」書きました。バイオといえばバイオマス発電・バイオマス燃料やバイオマス原料を使った資材が「再生可能」「環境配慮」「カーボンニュートラル」などの観点から注目されています。アパレル資材研究所でも「バイオマスとは」の記事でバイオマスとバイオマス資材の紹介をしています。一方で、バイオマス資源の急激な需要増加が逆に気候変動を加速させ生物の多様性を脅かしている側面もあるという話を聞いたことがあると思います。最近では国内のバイオマス発電の稼働中止や撤退が相次いでいるというニュースは記憶に新しいです。本来は間伐材などを有効に利用した地産地消型の代替エネルギーであるはずのバイオマス発電が、東南アジアからのアブラヤシやヤシ殻などの安価な輸入材の使用に依存した結果、輸入燃料資源価格の上昇や円安によって採算が合わなくなったことに加えてパーム油による大型バイオマス発電が東南アジア地域の森林破壊や児童労働問題などを助長する本末転倒な事業であることが明らかになり、反対運動や批判が相次いだことが大きな要因です。このようにサスティナブルやエコの名のもとに提供されるサービスや商品が新たな環境負荷や問題を生んでいるケースも多くみられます。

 

例えば、電気自動車のバッテリーに使われるレアメタル採掘による環境破壊や脱炭素先進国と言われるドイツの石炭火力による発電量がいまだに世界第8位でEU加盟国の中で最も多く近年では電力コストを抑えるために露天掘りによる褐炭の生産量をさらに増やしているなど、国家や企業が表面ではエコ・サスティナブルを唱えながら自国や企業の利益を優先して環境破壊を助長しているケースは枚挙に暇がありません。ファッション産業においても流行の短サイクル化や効率重視、ファストファッションなどによって大量の廃棄物を生み出していることを省み、持続可能でより環境負荷の低い選択の必要性が高まっています。ただし、その選択や提案が長い時間軸で見たときに本当に持続可能で環境への負荷を減らすものかを充分に吟味しなければ結果的に真逆の選択をしてしまうことがあるかも知れません。そんな思いもかけないことにならない為に出来ることは「人類の活動に環境に負荷が無いものはないと知る」「性急な結果を求めない」そして「正しい選択をするための知識を持つ」ことだと思います。かなり説教臭いまえおきになりましたが今回のテーマ「化石燃料と植物繊維の意外な関係」はそんなことを思いながら無理やり繊維と絡めました(笑)最後までお付き合いいただければうれしいです。

石炭紀の大気

地球の大気のおよその成分構成は窒素78%、酸素21%、アルゴン0.9%、炭酸ガス(二酸化炭素)が0.03~0.04%。それ以外の微量気体が一酸化炭素・ネオン・ヘリウム・メタン…   「産業革命以降、化石燃料の利用が大幅に増えたことで地中に固定されていた炭酸ガスが大気中に放出され続け0.028% ⇒0.042%と約50%も増加して地球温暖化が進み、このままでは大変なことになるという言説が世界中に広まっている。」と言うのが一般的な認識だと思います。

今からおよそ3憶6000万年ほど遡った古生代後半に石炭や石油のような化石燃料が多く蓄積された地質時代を石炭紀と呼びますが、石炭紀には地球の大陸は一箇所に集まってパンゲアという超大陸を形成し、年間を通して温暖湿潤な熱帯性気候と大気中の炭酸ガスが多かったことによって巨大なシダ植物(リンボク)や大型の昆虫・両生類が栄えました。この頃、両生類から陸上生活に適応した有羊膜類が出現して、のちに鳥類・爬虫類・哺乳類などに分化してゆきます。石炭紀のはじめ頃の大気中の炭酸ガス濃度は0.2% (現在は0.04%)と現在の5倍近くもあり、この豊富な大気中の炭酸ガスが温暖で安定した気候と巨大な植物の繁栄をもたらしていたと考えられています。

石炭紀の植物と石炭と石油

リンボクの化石画像
リンボクの化石

 

石炭紀の植物の成り立ち

陸上の植物は緑藻類の一部から進化しました。かなり大雑把に言うと藻類からコケ類へ、コケ類から維管束(水分や養分の通路となり陸上で体を支持する組織)が未発達の前維管束植物へ、そして石炭紀の前のデボン紀の初めに現れる維管束があって根や葉は無く胞子によって繁殖するリニア植物へ、そして石炭紀には幹や葉をもった大型のシダ植物(リンボクの仲間)が湿地帯に大森林をつくり繫栄します。

石炭と石油の成り立ち

主にこの石炭紀に繫栄した大型植物が分解されずに泥炭層を形成して地殻変動や堆積作用によって地下深部で地熱と圧力によって石炭化したと考えられています。以前には石炭は植物由来で石油は海成の動物プランクトンが根源物質と思われていましたが、地球上のバイオマス分布から見ても植物性のバイオマス量が圧倒的に多く、最近では石炭・石油ともに植物由来の堆積有機物が主な根源物質であるという考え方が有力になっています。その中でも主に陸上植物の木質が泥炭化したものが石炭になり、藻類・植物プランクトン・バクテリアなどが石油になったという説です。ただし石油の由来物質については地球内核の炭化水素が地球内部の高温高圧によって変質して生成されるという無機由来説を支持する研究者も急増しています。無機由来説の根拠としては「石油の分布と生物分布が一致しない」「石油の成分が多くの地域で概ね同一である」「生物起源では説明できない成分を含んでいる」などが挙げられていて今後の研究が明らかにしてくれるのが待たれます。いずれにしても石炭紀を中心に新しく繫栄した幹や茎や葉をもつ高等植物が石炭となったのは間違い無さそうです。ではなぜ高温多湿の熱帯環境下でこれらの植物が分解されずに泥炭化して石炭になったのでしょうか?

分解者の不在

セルロース構造式の画像
セルロース構造式 Benjah-bmm27, パブリック ドメイン, via Wikimedia Commons

石炭紀に繁栄した代表的な植物はレピドデンドロンなどの巨大シダ植物やロボク(蘆木 学名:calamites カラミテス)と呼ばれるアシのような形態の木です。これらの植物は沼沢地などの湿地帯に群生していたと考えられています。レピドデンドロンはうろこ状の厚い樹皮をもつことでリンボク(鱗木)とも呼ばれ成長すると樹高40m、幹は直径2mに達しました。こうした大きな植物が陸上で繁栄できるようになったのは植物が光合成によって大気中の炭素を自分を支える細胞壁や繊維に作り変えて利用できるようになったからです。そして現在地球上で最も多く存在している炭素と水素の化合物(炭水化物)がセルロースです。地球上のバイオマス炭素総量550ギガトンのうち約82%を占める450ギガトンが陸上の植物に由来すると試算されています。

(資料)Yinon M. Bar-On, Rob Phillips, and Ron Miloa(2018), The biomass distribution on Earth, appendix

そしてこれらの巨大陸上植物が繁栄した当時にはまだ植物の生成するセルロースやリグニンを分解できる菌類が進化していなかったことで大繁殖した植物は温暖な気候下でも分解されずに泥炭化して蓄積し大量の炭酸ガスを固定する結果になりました。その結果大気中の炭酸ガス濃度が下がり続けて次の地質時代のペルム紀初期には大気の酸素濃度が35%まで達したと言われ大気を構成する成分の大きな変化は石炭紀後期からペルム紀の初期にかけてのカルー氷河時代の要因にもなって、シダ植物や大型昆虫や両生類が繫栄した時代から新たな動植物の進化へとつながって行きます。

セルロースの分解者

菌類の画像

 

セルロースの繊維としての特徴

植物体を形作っているセルロースリグニンヘミセルロース繊維素とも呼ばれ、自然界で最も安定した化合物で冷水にも熱水にも一般的な有機溶媒にも溶けず、酸やアルカリにも強く、セルロースとリグニンが結びついた状態ではさらに分解が困難です。こうした性質がセルロースの繊維としての特徴で、撚り合わせたり、染めたりして私たちが衣料として利用することを可能にしています。

セルロースを分解することができる生物

自然界でセルロースを分解できるのはセルラーゼという酵素が知られています。最初にセルロースを分解できる能力を持った生物は石炭紀の終わりごろに現れる白色腐朽菌でスーパーで販売されいるシイタケ・ナメコ・エノキタケ・マイタケ…などのキノコの仲間です。セルロースを分解できる生物には菌類(キノコ)・カビ・バクテリアのような微生物が知られていて、全てセルロースを分解する酵素(セルラーゼ)によってセルロースを分解・消化して栄養源としています。草食獣やシロアリがセルロースを栄養として利用できるのも消化器官内のセルラーゼを生成する微生物の働きによります。山羊が紙を食べるのもセルロースを分解するセルラーゼを生成する微生物が消化器にいるおかげなんですね。

セルロースを分解することができる生物の研究も注目されている

最近ではバイオマス資源として地球上で最も多い炭水化物のセルロースの利用をめぐってセルロースを分解できる生物の研究も注目されています。海洋性の貝類やカニなどの甲殻類にもセルロースを分解して利用している生物がわかって来ていますし、身近な分解者のダンゴムシやでんでんむしにも当然セルロースを分解する仕組みとしてセルラーゼを生成する微生物との共生やひょっとするとダイレクトにセルロースを分解できる仕組みをもった生き物がいるかも知れません。いずれにしても植物が陸上に進出する際に光合成によって大気中の炭素を使って合成されるようになったセルロースという繊維が大気中の炭酸ガスを地中に固定したことで大気中の炭酸ガス濃度が下がり続けていたところにセルロースの分解者が現れたことで生物による炭素の循環システムがつくられて新しい進化が展開してゆくダイナミズムと生命のしなやかさには畏敬の念を感じざるを得ません。

まとめ

人間は自然に在るものを利用することで暮らしを営んで来ました。自然物をいかに有効に効率よく利用することが出来るのか。繊維の利用の歴史は人類と自然物とのかかわりの歴史でもあります。天然繊維から化学繊維が発明されて化合繊の利用が私たちの暮らしをさらに快適なものにしてくれましたが、化学繊維の原料である石油も自然由来の物に違いはありません。バイオマス素材を使うと言ってもバイオマスもまた天然の資源ですし化学繊維と天然繊維のどちらが環境負荷が少ないのかも正直なところわかりません。いずれにしても人間が行う営みや経済活動が環境を良くすると言う事は現時点ではありません。「地球にやさしい」「環境にやさしい」「地球のために」などというお為ごかしは全てまやかしで、人間の営みは何であろうと環境に負荷をかけていることを再認識するところからスタートする必要があるのだと思います。ずいぶん説教臭いまとめですみません!今回は無理やり繊維とからめた感が否めませんが最後までお付き合いいただきありがとうございました。

参考URL

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