マドラスチェックのストーリー textileコラム⑧

インド綿織物のヒストリーとマドラス

AIが生成した羊の生る木の画像
AIが生成した羊の生る木の画像

&CROP編集部の瀧澤です。

インダス文明が起源と言われる綿花栽培はインドで紡績や機織りの技術が発達して地中海世界へと広まり、古代ギリシャの終わり頃にアレクサンドロス3世(紀元前356~323)の東征の副産物としてギリシャやペルシャ世界に広く知られるようになりました。ほぼ同時時代のセレウコス朝に仕えたギリシャ人メガステネスによって編纂されたとされる「インド誌」の中には「インドには羊の生える木がある」と記載されていたそうです。綿花は中世になるとエジプトを経てフランス・ドイツ…15世紀にはイギリスにもたらされます。17世紀になると英国が設立した東インド会社がインドの綿織物を積極的に買い取って本国へ持ち帰えるようになり、極細の綿糸を手で紡いで手織りされたキャラコ(モスリン:平織の綿布)は希少で軽く柔らかくあたたかいことなどからヨーロッパの上流階級の間でステータスとなって需要が高まり、英国内の主要な産業であった毛織物工業に打撃を与えます。さらに18世紀になって産業革命が起こると英国は織物の輸入から原料の綿花の輸入に切り替えて英国内で安価な綿織物を大量に生産して輸出するようになります。大量生産にされるようになった安価で均質な綿織物は国内の市場を飽和状態にすると植民地であったインドにも大量に流入してインド国内の綿織物産業を破壊して家内工業として綿織物を生産していた職人は1/8近くまで激減しました。後にガンジーが紡ぎ車(チャルカ)をインド独立運動の象徴とした背景にはこうした経緯があったのだと言われています。その後もインドでは文様の入った更紗や民族衣装のサリー、手紡ぎ手織りのカディコットン、キャラコよりも安価で目の粗い労働者衣料用向けの布がなどが生産されて来ました。そしてインド東部のマドラス(Madras)地方で織られていた労働者向けの粗い風合の布を1902年にブルックスブラザーズが初めて夏のレジャーウェアーとしてアメリカに紹介したことが始まりで1920年代には白地にブルーの縞柄のマドラスのボタンダウンシャツが流行、1950年代になるとアイビーリーガーの間で多色のチェックのマドラスのボタンダウンシャツ・ショーツ・ジャケットなどが愛用されステイタスとなり、1980年代には暗い色調のダークマドラスが流行するなどおよそ30年周期で流行を繰り返してきました。そう言えば2000年前後にもマドラスの引き合いが多かったような気がします…今度はいつ頃どんなマドラスが流行るのでしょう? 綿/コットンについてはアパレル資材辞典「綿とは」も合わせて参照して下さい。

 

マドラスチェックのCAP画像

インディアマドラスコットン

マドラスと言うと多色のチェック柄が思い浮かぶ人が多いと思います。多色使いのランダムなチェック柄を一般的にマドラスチェックと呼んでいるのでマドラス=チェック柄というイメージが定着していますがマドラスは正式にはインディアマドラスコットンと呼ばれ綿花栽培と綿織物の長い歴史を持つインドで農民などの労働者が身に着ける綿の単糸を平織にした布を指します。マドラスの布名はインド南東部の州都マドラスMadras(現:チェンナイ)に由来。1639年にイギリス東インド会社が当時の領主からチェンナイの土地を買収してマドラスと改名して周辺地域で生産された布製品を西欧に輸出したことからこの地域で生産された布製品をマドラス製という意味でマドラスを冠して呼んでいたのが現在ではマドラス製のシャツ地の代名詞となって定着したと言えます。一般的にマドラスはスラブのある単糸を平織にした素朴な風合いの先染めの織物で通気性が良くて涼しく乾きやすいので夏向けの衣料として歓迎されました。当初のマドラスは手紡ぎの綿糸を植物などの天然染料で染色して手織りしていたため不均一な表情と洗濯による滲み(ブリート)や褪色が特徴でした。Brooks Brothersはこの滲みや色あせという欠点を『Guaranteed to Bleed(滲み保証付き)』という売りにすることで流行を創り出すことに成功しました。カジュアルファンションアイテムとして定着したマドラスチェックは現在では機械で紡績された糸を化学染料で染色することで比較的安価で豊富なバリエーションのチェック柄が毎年生み出されてマドラスと言えばマドラスチェックと同義になっています。マドラスチェックの柄には特定のルールはなくダークな配色の物から日本人には思いつかないような多色でランダムな色使いの物まで様々です。

Fort St George on the Coromandel Coast. Belonging to the East India Company of England

本物のインディアマドラスコットン

現在では旧来の本物のインディアマドラスコットンに出会う事は難しく、もし出会えたとしても色褪せていて本来の姿は想像するしかないと思われます。インドの背景でカディのように手紡ぎ手織りでチェックを織ることは可能ですが天然の植物染料だけで思うようなチェック柄をリプロダクションするのはかなりハードルの高い作業になると思われます。ちなみに1966 年のカタログ広告には次のように書かれていました。

以下引用

Authentic Indian Madras is completely handwoven from yarns dyed with native vegetable colorings. Home-spun by native weavers, no two plaids are exactly the same. When washed with mild soap in warm water, they are guaranteed to bleed and blend together into distinctively muted and subdued colorings.

引用の翻訳

本物のインドのマドラスは、地元の植物の色素で染めた糸から完全に手織りされています。ネイティブの織り手によって自家製で織られたチェック柄は、まったく同じものはありません。中性洗剤を使ってぬるま湯で洗うと、にじみ、独特の落ち着いた色合いに混ざります。

インドの伝統的な染料植物

残念ながら本物のアンティークのマドラスチェックが手元に無いので画像で紹介することが出来ません、ここではインドで伝統的に使われてきた代表的な天然染料植物をいくつか紹介するので昔ながらのマドラスチェックに思いをめぐらせていただけたら幸いです。

ハルディ(haldi)

ウコン畑画像
インドのウコン畑 Rajkumar6182 at English Wikipedia, CC0, via Wikimedia Commons

ヒンディー語・ウルドゥー語・グジャラーティー語でハルディ(haldy)と呼ばれる染料植物は日本ではウコン、英語ではターメリックと呼ばれる馴染のあるショウガ科ウコン属の多年草です。ウコン「鬱金」は鮮やかな黄色という意味でウコンに含まれるクルクミンというポリフェノール化合物が食用色素や生薬・漢方薬、そして染料として黄色やオレンジを染めるのに用いられます。ちなみに以前に自宅でスパイスに使っているターメリックで麻のストールを染めた時の古いブログがありましたのでよろしければご参考まで。「幸せの黄色いストールを染めてみた」

インド藍

インド藍画像
ナンバンコマツナギ フランツ・オイゲン・ケーラー、ケーラーのメディジナル・プフランツェン, パブリック ドメイン, via Wikimedia Commons

世界には藍色を染めるインディゴ色素を含んだ植物が100種類以上知られていますがその中でもっとも広く使われて来たのがインド藍です。インド藍はマメ科コマツナギ属の植物で日本名をナンバンコマツナギと言い日本で伝統的に藍染に用いられて来たタデ藍に対して木藍(キアイ)とも呼ばれます。インド藍はインディゴ染料植物の中でもインディゴ成分を多く含むことで染着力が高く世界で最も多く使われてきた青を染める染料植物でインドでも一般的に用いられて来た天然染料です。

マダー(インド茜)

アカネ画像
アカネ CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

茜(アカネ Rubia)はアカネ科アカネ属のつる性多年生植物で属名のRubiaは根が赤色系をしていて日本でも古くから赤を染める染料や生薬としても用いられて来ました。ちなみにかつて日の丸は茜で染めていたそうです。世界には60種類ほどのアカネがあり西洋のアカネはマダーと呼ばれ、日本のアカネは色が淡く西洋アカネの方が鮮やかで濃く染まりインド産の茜が最も鮮やかと言われるます。アカネについての詳細はwikipediaも参照して下さい。画像もwikiからお借りしています

ハリタキ(ミロバラン)

ハリタキ(ミロバラン)の実の画像
ハリタキ(ミロバラン)の実

アーユルヴェーダの三大果実の一つでもあるハリタキは中国を経て日本へも生薬として渡来しました生薬名を「訶子」「訶梨勒」と言い、英名をミロバランと言います。茶系~黒系を染める植物染料として日本でも販売されています。

代表的なインドの染料植物について簡単に触れましたが紹介したもの以外にも柘榴・カテキュー・タンガラ…等々植物の種類も発色させる方法も知らないことだらけなのであらためて調べてみたいと思います。

まとめ

あまり規則性のない自由でカジュアルなイメージのマドラスチェックにも英国の伝統的なタータンチェックが影響していると感じる人も多いと思います。インドの伝統的な手織物の技術と植民地支配による織物産業の盛衰。伝統的な植物染料による滲みまでもファッションとして組み込んだアメリカントラディショナル、そして現在では化学染料による鮮やかな発色も加えてシーズン毎に無数の新しいチェック柄が生み出されています。アンティークな本物のマドラスも魅力的だし新しく生み出されるデザインやアイテムも…次はいつどんなマドラスの流行が来るのか今から楽しみです…♪

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