伸びる・もどる・劣化する‐スパンデックスの正体とポリウレタンフリー素材


&CROP編集部の瀧澤です。

ストレッチは、今では様々な衣料資材に欠かすことのできない性能です。スーツ・ジーンズ・インナー・スポーツウェアはもちろん、ワーキングウェアやアウトドアギアまで、伸縮性のない製品を探す方が難しいほどです。

しかし「なぜ伸びるのか」「なぜ劣化するのか」を理解している人は、業界の中でも意外に少ないのではないでしょうか。また「ポリウレタンフリーのストレッチ」という言葉を聞いたことがあっても、その仕組みがスパンデックスとどう違うのかをきちんと説明できる人も少ないように思います。

本記事では、スパンデックス(ポリウレタン弾性繊維)の伸縮メカニズムと劣化の原因を解説したうえで、T400やソロテックスなどポリウレタンを使わないストレッチ素材との違いを比較、メリット・デメリットを整理しました。知っていれば素材選定や製品企画にもお役に立つ内容になっていますのでご一読いただき参考にしてください。

スパンデックスとは?


まず名称の整理をしましょう。「スパンデックス」は日本では「ポリウレタン」と呼ばれることが多いですが他にも「エラスタン」「ライクラ」「ロイカ」と同じ素材なのに多くの呼び方があるため、とくに業界経験の少ない方には混乱のもとになっています。

スパンデックスの名称

  • スパンデックス:「Expand(伸びる)」が語源。北米・日本で主に使われる一般名称。
  • エラスタン:ヨーロッパでの一般名称。ISOでも使用。
  • ポリウレタン:日本の家庭用品品質表示法での表記。成分の化学名。
  • ライクラ(LYCRA):デュポン社(現インビスタ社)の商標。最も有名なブランド名。
  • ロイカ(ROICA):旭化成の商標。

スパンデックスは1959年にデュポン社が「ライクラ」の商標名で開発・発売した合成弾性繊維です。それまでは弾性繊維といえば天然ゴム(ラテックス)でしたが、スパンデックスはゴムに比べて軽く・細い糸にできるため他素材と組み合わせやすく、急速に普及しました。単独で使われることはほとんどなく、通常はポリエステルやナイロン、綿などと2〜30%程度の割合で混紡・交織して用いられます。

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▶ ポリエステルとは ▶ ナイロンとは ▶ ポリエステルとナイロンの違いと共通点

「伸びる」仕組み――ハードセグメントとソフトセグメント

スパンデックスが伸縮する仕組みを理解するには、その分子構造を知ることが近道です。

ブロック共重合体という構造

スパンデックスはポリウレタンを主成分とするブロック共重合体(block copolymer)です。分子鎖の中に性質の異なる2種類のセグメント(区画)が交互に連なっています

・   ソフトセグメント(柔らかい区画):分子鎖の動きが自由で、伸ばすと引き伸ばされ、放すと縮もうとする性質を持つ部分。分子量が大きく、繊維全体の70〜85%を占めます。

・   ハードセグメント(硬い区画):分子間の結合力が強く、ソフトセグメントの両端を固定する「錨(アンカー)」の役割を果たす部分。伸ばした繊維が元の長さに戻る回復力の源です。

イメージとしては、硬い留め具(ハードセグメント)に両端を固定された、柔らかいバネ(ソフトセグメント)が無数に連なっている構造です。力を加えると柔らかいバネが伸び、力を抜くと留め具に引き戻されて元の長さに戻ります。

ゴムとの違い

天然ゴムも伸縮する素材ですが、スパンデックスとは仕組みが異なります。ゴムは網目状に架橋(クロスリンク)した分子構造によって伸縮しますが、スパンデックスはハードセグメントによる物理的な拘束と、ソフトセグメントのエントロピー弾性(引き伸ばされた状態から自然状態に戻ろうとする力)によって伸縮します。このためスパンデックスは元の長さの5〜7倍まで伸び、ゴムより滑らかでゆるやかな回復力を持つのが特徴です。また繊維として紡糸できるため、他素材との混紡・交織が可能という大きなメリットがあります。

劣化するスパンデックス――加水分解・黄変・塩素


スパンデックスの最も大きなデメリットが「経年劣化」です。スポーツウェアの裏地がベタついたり、水着の弾力がなくなったり、ジャケットの表地が剥がれてカスが落ちたりした経験がある方も多いのではないでしょうか。ここでその原因を整理します。

① 加水分解(もっとも根本的な劣化原因)

スパンデックスのソフトセグメントはポリエステル系またはポリエーテル系のポリオール※で構成されています。このうちポリエステル系は水分・熱・酸・アルカリによってエステル結合が切れる「加水分解」が起こりやすい構造です。一方ポリエーテル系は加水分解に強いものの、紫外線や酸化には弱いという特性があります。

スパンデックスの加水分解は製造直後から始まっており、保管状態や使用環境によって速度が変わります。一般的にスパンデックスの寿命は3〜5年とされていますが、これは「製造日」からの起算です。倉庫保管の期間も含まれるため、購入時点ですでに劣化が進んでいるケースもある点は見落としがちな実務上の注意点です。

② 塩素による劣化

塩素系の漂白剤やプール・温泉の塩素がスパンデックスに接触すると、ウレタン結合を攻撃して黄変や繊維の脆化(ぜいか)を引き起こします。水着が傷みやすいのは伸縮による物理的なストレスだけでなく、プールの塩素による化学的な劣化も大きな要因です。洗濯表示に「塩素系漂白剤使用不可」が多いのはこのためです。

③ 熱・紫外線・汗

高温環境での保管(車内・乾燥機など)や長時間の直射日光への暴露も劣化を加速させます。また汗に含まれる成分(塩分・皮脂・酸)も繰り返しの接触でスパンデックスの劣化を進める要因になります。スポーツウェアやインナーが比較的早く傷みやすいのは、使用時に汗と熱が同時にかかるためです。

劣化サインのチェックポイント

下記の様な状態は劣化しているポリウレタン(スパンデックス)の症状です。

  •  伸ばしても戻りが悪くなった(回復力の低下)
  • 生地の表面や裏面がベタついたり異臭がする(ポリウレタンの分解)
  • 黄変・変色がある(塩素・紫外線による酸化)
  •  生地がカス状に剥がれ落ちる(加水分解の末期症状)

ポリウレタンフリーストレッチの仕組みと代表素材

 

スパンデックスの劣化問題やリサイクルの難しさを背景に、ポリウレタンを使わずにストレッチ性を実現した素材の開発が進みポリウレタンフリーのストレッチ素材として商品化されて来ました。ここでは代表的なものを紹介しています。

① T400(バイコンポーネント複合繊維)

T400インビスタ社が開発したポリエステル系複合繊維です。PET(ポリエチレンテレフタレート)PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)という、熱収縮率の異なる2種類のポリマーを紡糸段階でサイドバイサイド(並列)に貼り合わせた「バイコンポーネント繊維」です。

伸縮のメカニズムはスパンデックスとまったく異なります。2種類のポリマーの収縮率の差によって原糸の段階からコイル状のクリンプ(捲縮・縮れ)が生まれ、このコイルが伸び縮みすることでストレッチ性が生まれます。バネそのものが糸になっているイメージです。ポリウレタンを含まないためリサイクル性が高く、加水分解や塩素による劣化もほとんど起きません。スラックス・チノパン・デニム・アウターなど幅広い用途で採用されています。

② ソロテックス(帝人フロンティア)

ソロテックス帝人フロンティアが開発した変性PTT繊維です。PTTの分子構造はらせん状(ヘリカル構造)になっており、これが外力に対してバネのように伸び縮みするため、ポリウレタンなしでソフトな伸縮性を実現しています。T400と同様に耐久性・耐塩素性に優れており、スーツやビジネスウェアからスポーツ・カジュアルまで幅広く採用されている素材です。

③ バイアス使い(織物の裁断・縫製技法)

バイアス使いは素材ではなく、生地を用いる方向で伸縮性を得る方法です。通常の織物は経糸・緯糸に沿って裁断・縫製しますが、生地を斜め45度(バイアス方向)に使うと、織組織の幾何学的な構造の変形によって伸縮性が生まれます。ドレス・ブラウスなどのドレープ感と伸縮を両立させる手法として古くから使われてきました。素材を変えずに伸縮性を出せる点が特徴ですが、歪みやすく縫製の難易度が高くなる点はデメリットです。

④ 天然繊維の自然な伸縮

ウール・コットン・麻なども繊維構造や組織設計によって一定の伸縮性を持ちます。特にウールはスケール構造と天然のクリンプにより伸縮性と回復力に優れています。伸縮率はスパンデックスには遠く及びませんが、ポリウレタンフリーで環境負荷も低いという点が評価できます。

🔖 関連記事 ウール・綿・麻などの天然繊維の特性については以下の記事も参照してください。
▶ ウールとは ▶ 綿とは ▶ 麻とは

石油由来のバネ構造と、生物が生み出すバネ構造

前項でスパンデックスのハード/ソフトセグメントという「バネ構造」を解説しましたが、実は自然界にも同じ設計原理を持つ繊維が存在しています。それがクモの糸です。クモ糸タンパク質(フィブロイン)の分子構造を見ると、硬くて結晶性の高い領域(βシート構造)と、柔軟で非晶性の領域が交互に連なっています。これはスパンデックスのハードセグメントとソフトセグメントの関係と類似した構造です。スパンデックスが石油由来のポリマーでこの構造を実現しているのに対し、クモはタンパク質ポリマーで同じ問題を何億年も前に解決していたことになります。この「生物が持つバネ構造」を人工的に再現したのが、山形県鶴岡市のSpiber(スパイバー)株式会社です。微生物発酵によってタンパク質を製造するBrewedProtein™(ブリュードプロテイン)は、2022年にタイで量産プラントが稼働し、2025年時点ですでに45以上のブランドに採用されるまでに広がっています。石油に依存せず、生分解性も持つ次世代タンパク質繊維については下記のリンクの記事も参照してください。(※2022年公開の記事ですが最新の情報は次回の記事で詳しくお伝えする予定です。)

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素材別比較表

比較項目 スパンデックス (PU系) T400 (バイコンポーネント) ソロテックス バイアス使い (織物) 天然繊維の 自然伸縮
伸縮率 最大500〜700% 約30〜35% 約30〜40% 約45%(斜め方向) 数%〜20%程度
伸縮の仕組み

分子鎖の伸縮

(ハード/ソフトセグメント)

2成分複合による コイル状捲縮 螺旋状分子構造 による捲縮 織組織の斜め方向 への変形 繊維・組織の 自然な弾力
耐久性 3〜5年(加水分解あり) 高い(劣化しにくい) 高い 素材による 高い
塩素耐性 弱い(黄変・脆化) 強い 強い 素材による 概ね良好
リサイクル性 困難 比較的容易  比較的容易 素材による 良好
主な用途

水着・インナー

スポーツウェア

スラックス・ アウター・デニム

スポーツ・カジュアル

スーツ・ ビジネスウェア

スポーツ・カジュアル

ドレス・ ブラウス・ニット系 カジュアル・ ニット製品
コスト感 低〜中 中〜高 中〜高 加工コストがかかる 素材による

※ 伸縮率・コスト感はあくまで目安です。製品の仕様・加工・組織によって異なります。

素材を選定する際の目安は?

 


スパンデックスとポリウレタンフリー素材のどちらが優れているかは使用目的や用途によります。それぞれの特性を整理すると使い分けの基準が見えてきます。

スパンデックスが適している用途

水着・競泳用ウェア・フィットネスウェア・レギンスなど、体に密着して大きく動く用途では、500〜700%という圧倒的な伸縮率を持つスパンデックスの代替はまだ現実的ではありません。ただし塩素への耐性を高めたエーテル系ポリウレタンの選択や、使用後の丁寧なケアを前提とした製品設計が重要です。

ポリウレタンフリーが適している用途

スーツ・スラックス・チノパン・アウターなど、ビジネスシーンや日常使いの衣類で「少し動きやすい」程度の伸縮性を求める場合は、T400やソロテックスが適しています。ケアが容易で耐久性が高く、クリーニングや塩素系漂白剤を使う洗濯工程にも耐えられ、ポリエステル系素材としてリサイクル性も比較的高い点が評価されます。

リサイクルとの関係

下記のリンク記事でも触れていますが、素材の混紡や交織は繊維リサイクルの大きな障壁になっています。スパンデックスをポリエステルや綿と分離することは現状の技術では難しく、製品のリサイクルを困難にする要因の一つになっています。ポリウレタンフリー素材への切り替えは、製品のリサイクル適性という観点から今後重要性が増す選択肢です。

🔖 関連記事 繊維リサイクルの現状と課題については以下の記事で詳しく解説しています。
▶ リサイクル繊維の現実と未来

まとめ

スパンデックスの「伸びる仕組み」はハードセグメントとソフトセグメントによる分子レベルのバネ構造であり、「劣化する理由」はソフトセグメントの加水分解と塩素・熱・紫外線による化学的・物理的な破壊によるものです。

一方でT400・ソロテックスに代表されるポリウレタンフリーストレッチは、複合繊維の捲縮や分子構造そのものを伸縮に利用するまったく異なるメカニズムを採用しており、耐久性・リサイクル性という点でスパンデックスを上回る特性を持っています。

どちらの素材が優れているかではなく、用途・耐久性・環境負荷・コストを総合的に判断したうえで素材を選ぶ視点を持つことが、これからの製品企画において一層重要になってくると思います。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

【本記事内リンク記事一覧】

▶ ポリエステルとは

▶ ナイロンとは

▶ ポリエステルとナイロンの違いと共通点

▶ ウールとは

▶ 綿とは

▶ 麻とは

▶ リサイクル繊維の現実と未来

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