セルロースとはなにか? textileコラム⑪

 

&CROP編集部の瀧澤です。

セルロースを知れば知るほど面白い!セルロースと言うと何を思い浮かべますか?私はどうしてもセロリの絵が浮かびます(笑)。まあ、セロリの繊維質もセルロースなのであながち間違ったイメージではないと思いますが、一度定着したイメージを消すには何か別のインパクトが必要みたいです。 繊維の業界でセルロースと言えばもちろんセルロース繊維のことを指します。セルロース繊維は天然繊維である植物繊維の別の呼び方でもあり、これは植物が生成するセルロースの性質を繊維として利用しているからです。コットン(綿)リネンラミーなどのもそしてセルロース繊維を再生して作られる再生繊維レーヨンやセルロースをアセチル化した半合成繊維アセテート・トリアセテートもセルロースを利用した繊維です。そしてセルロース繊維はセルロースファイバーと呼ばれる断熱材食品添加物・成形剤・薬剤のバインダー・吸湿剤・シート・スポンジ・樹脂と様々な用途に幅広く使われています。またCNF(セルロースナノファイバー)は軽量、高強度の次世代素材としてさらに広範な利用が期待されています。セルロースは地球上でもっとも多く存在している炭水化物であるとともに最大のバイオマス資源として化石燃料の代替燃料としても注目されています。なぜ?古来より人類はセルロースを利用して来たのかその性質や来歴、利用法、将来性、等々…今回はセルロースを色々な角度から解体します!ぜひ最後までお付き合いください。

セルロースの来歴と分解者

セルロースは植物が陸上に進化して行く過程で体を支えるために生みだした細胞壁の主成分で、ヘミセルロース・リグニンと共に植物の繊維質を構成しています。古生代のデボン紀から石炭紀にかけて陸上に進出した植物はセルロース・ヘミセルロース・リグニンと言う多糖類を生成して体組織を支えることによって地上で繁栄することが可能になりましたが、この時点で地球にはこれらのセルロースを分解できる生物が存在していなかったために温暖な熱帯性の気候と大気中の豊富な炭酸ガスによって大量に生み出されたセルロースは分解されずに泥炭化して地中に固定され長い時間を経て石炭になったと言われています。(石炭の生成には諸説あるようです)このことによって大気中の炭酸ガスの濃度は現在に近いレベルにまで下がり。石炭紀の後半になるとセルロースを分解できる腐朽菌(キノコ・菌類)が現れます。現在知られているセルロースの分解者はこれらの真菌類(カビ・キノコ・酵母)や草食動物の消化器官に共生している微生物、カタツムリやシロアリの仲間などのセルラーゼと呼ばれるセルロースを分解する酵素を持っている生物に限られています。地球上で最大のバイオマス資源でもあるセルロース分解については現在も盛んに研究がされていて、まだ知られていない分解者や酵素が今後の研究で明らかになってくるかも知れません。化石燃料の元になった植物と分解者の関係については下記の記事も参考にして下さい。

化石燃料と植物繊維の意外な関係 textileコラム⑩

 

セルロースは水に溶けない炭水化物

三大栄養素と呼ばれる脂質・タンパク質・炭水化物のうちタンパク質はアミノ酸が長く繋がった高分子(ポリマー)、炭水化物はブドウ糖(グルコース)が長く繋がった高分子(多糖類)です。しかし同じ炭水化物でもデンプンのように水溶性で人が消化吸収できる炭水化物と不溶性で消化することが出来ない炭水化物があり、後者がいわゆる不溶性食物繊維と呼ばれるセルロース繊維です。同じグルコースが繋がっている高分子でもその配列はデンプンではグルコースがらせん状に、セルロースでは直鎖状に並びます。直鎖状に繋がることで親水性のヒドロキシ基(-OH)と疎水性の水素原子が全て同じ方向を向いて並んでいるのがセルロースのポリマーです。セルロース繊維はこのポリマーが相互作用で同じ方向を向いて隙間なく詰まって束になっているので親水性がありながら水や有機溶媒が侵入し難く不溶性の性質を持っています。この水分は吸収するけれども水に溶けない性質や細く長い形状を撚りあわせて紡ぐことで人類は古来より色々な植物の繊維を、衣料をはじめとした様々な用途に用いて来ました。

ニトロセルロースの部分構造
ニトロセルロースの部分構造

セルロースは最初の化学繊維

天然植物に由来するセルロースの繊維ですが、ナイロンやポリエステルに先駆けて人類が初めて人工的に造りだした化学繊維はセルロースを原料としたレーヨン(rayon)です。初期のレーヨンは水や通常の溶媒には溶けない綿のセルロースを硝酸と硫酸を合わせた混酸で処理して得られる綿状のニトロセルロースを有機溶媒で溶かしてノズルから噴出させて製造されました。これは初めて人工的に造られたフィラメント(長繊維)でもあり、この技術が後の合成繊維の開発に繋がって行くことになります。セルロースを溶かして再生することから再生繊維と呼ばれているレーヨンやセルロースをアセチル化させてつくられるアセテートについては下記の記事も参考にして下さい。

再生繊維・合成繊維・半合成繊維の違いと成り立ちを知る

 

セルロースは地球上最大のバイオマス

地球上に生物が誕生して以降、エネルギー源として利用して来たのが糖です。現在地球上に存在する糖の中で圧倒的に多いのがグルコース(ブドウ糖)ですが、他にもフルクトース(果糖)やラクトース(乳糖)、マルトース(麦芽糖)などはよく耳にする名称だと思います。ちなみに食品添加物や化粧品・医薬品などでよく目にするトレハロースは多様な機能を持った糖で自然界では動植物や菌類、微生物の中に含まれている希少糖に分類されますが1994年にデンプンから低コストで大量に生産する方法が確立したことで広く普及しました。話がそれました…現在、地球上には比較的量の多い糖から希少糖と呼ばれる糖まで数十種類の単糖が存在していますが化学的に安定でエネルギー源として使いやすいグルコースを利用する生物が繁栄したことでグルコースが最も多く存在するようになったと考えられています。地球に存在する27~28万種とも言われる植物の中の多くが光合成によってグルコースを生成して体の組織をつくっているので地球上のバイオマスの総炭素量550ギガトンのうち8割を越える450ギガトンが植物由来。次いで細菌が70ギガトン、菌類12ギガトン、人間を含めたすべての動物を合わせたバイオマス量が2ギガトンと試算されています。(図録・地球上のバイオマス分布を参照)これが、グルコースβ結合によって植物が生成するセルロースが最大のバイオマス資源として注目される大きな理由です。

衣料繊維以外でセルロースの利用

ここまですでに長くなってしまっているのでセルロースが現在どのように利用されているのかを簡単に紹介して終わりたいと思います。

 

やはり古くから最も広く利用されて来たのが繊維としての利用です。綿(コットン)やリネン・ラミーをはじめとする様々な麻繊維など植物由来の物はすべてセルロースを利用しています。そして再生繊維のテンセル・キュプラ・レーヨンや半合成繊維のアセテート・トリアセテートもセルロース繊維です。また和紙のような天然素材由来の紙もセルロース繊維の代表的な使用方法です。

 

セルロースファイバー

近年、建築用の断熱材として広く使われるようになったのがセルロースファイバーです。セルロースファイバーは新聞紙をリサイクルして作られています。高い断熱効果にくわえて吸湿性がありカビや結露を防ぐ、ホウ酸を配合することでゴキブリ・シロアリ・ダニ・ネズミなどの害虫を防ぐ、防音・防火性がある、グラスウールに較べて施工がし易いなどの理由でグラスウールに次ぐシェアとなって来ています。

 

食品添加物 

粉チーズやピザ用チーズのくっつき防止や飲み物・ゼリー・アイスクリームなどの増粘剤、調味料の沈殿や分離防止、パンなどの食物繊維を増やすなどの目的で比較的安全性の高い食品添加物として使われています。

 

化粧品

セルロースの微粒子は低刺激で適度な吸水・吸油性を有することからファンデーション・口紅・乳液・パウダーなどの化粧品に使われています。またプラスチック汚染防止の観点から従来の化粧品に使われて来たマイクロビーズの代替品としても切り替えるメーカーも増えているようです。

 

シート・スポンジ

セルロース製のシートやスポンジは軽くて高い吸水性と速乾性があることから台所などの水回りをはじめ幅広い需要があるようです。

 

樹脂

セルロースは生分解性のある樹脂素材としてプラスチックの代替に幅広く利用できることから注目されて利用が広まっています。ただし現状では一般的なプラスチックや金属に比べて耐久性に劣るデメリットがあります。世界で最初につくられた合成樹脂のセルロイドもセルロースを原料としていました。極めて燃焼性が高く生産コストも高いため現在では限られた用途にだけ使われています

 

火薬

 

初期のレーヨンの原料ともなったニトロセルロースは非常に燃焼性が高くポリノジック製法が開発されるまではレーヨン自体が製造停止になりました。このニトロセルロースからは火薬が製造されています。

 

CNF(セルロースナノファイバー)

セルロースナノファイバーはセルロース繊維をナノサイズまで解繊したものを樹脂と複合させて得られる複合樹脂です。開発当初から「強度は鉄の5倍、重量は5分の1」という特性から日本発の新しい高機能素材として建材や自動車などへの世界的な需要が期待されて来ました。しかし2023年の市場規模は85t、出荷金額ベースで59億6000万円前後と当初の予想を下回っています。これは耐衝撃強度に改良が求められることや生産コストが割高なことなどから化粧品や食品、スポーツシューズなどに用途が限定されているという理由があり、今後の改良と新しい用途の開発が期待されます。

まとめ

パンダはどうやってセルロースを分解するの?

植物が生み出す高分子化合物のセルロースは人間をはじめ地球上の全ての生物のエネルギー源となる炭水化物と同じ分子で出来ているのに、ヒドロキシ基の配列が逆に向いていることで結晶構造を持ち、親水性でありながら水や一般的な溶媒に溶けない性質を人類は衣食住に様々な形で利用して来ました。同じ分子からなる炭水化物でありながら草食獣以外のほとんどの哺乳動物はセルロースを分解してエネルギー源として利用することが出来ません。本来は肉食を主とする雑食獣であるはずのパンダが何故、竹ばかり食べて生存できるのか?パンダの消化器官からは草食動物のようなセルロースを分解する酵素のセルラーゼを作り出す共生細菌は見つかっていないそうです。またパンダの糞からはラッカーゼと言うリグニンを分解する酵素を作り出す微生物が発見されたという研究発表もあります。いずれにしてもなぜパンダが消化し難くてエネルギー効率の良くない竹や笹を食べるようになったのかはいまだに謎のままです。セルロースのバイオマス資源としての重要性が認識されることでいまだ知られていないセルロースを分解する生物やその仕組みの研究が進んで本当の意味で地球環境にも人にも有益な利用方法が実現することの期待したいと思います。

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