&CROP編集部の瀧澤です。移行昇華(いこうしょうか)という言葉はご存じの方も多いと思います。でもまだ業界経験が浅い人や、勉強中の人だと聞いたことがない、聞いたことはあるけれど意味が良く分からない、という人もいると思います?移行昇華は簡単に言うと生地や資材の色が移る(移染)ことを言います。そしてこの移染は比較的、染色堅牢度が良い(変色や退色色移りがし難い)合成繊維であるポリエステル製の生地で起こります。ポリエステル(※1)は対候性や耐薬品性が高く、様々なテクスチャー(※2)に加工したり機能性を付加したりすることが可能で、コストも安いことから需要が大きく。現在では世界で流通している繊維のおよそ60%がポリエステルです。繊維製品を取り扱うアパレルを含む繊維業界ではポリエステルの移行昇華の問題を避けて通ることができません。この記事では天然繊維に比べると染色堅牢度も良く、安定しているはずのポリエステルがなぜ、どういう時に移染を起こしてしまうのか?メカニズムや移行昇華による製品被害やクレームを防ぐ方法を事例も交えながらわかりやすく解説しています。
もくじ
移行昇華とは
現象の定義
昇華は、物質が液体にならず、固体から直接気体(またはその逆)へと変化する現象です。アパレル製品ではおもにポリエステル繊維の染色に用いられる分散染料※の個体粒子が熱によって蒸発して気体となり繊維から放出されて移動し、ポリウレタンやゴムなどの染料を受け入れやすい素材に再吸着されて色が定着する現象です。通常の移染は製品が濡れている場合などに水などを介して起こりますが移行昇華は水濡れなどがない長期の保管や輸送中に移染が起こる現象です。
分散染料※とは
半合成繊維のアセテート繊維は植物セルロースから合成されるが綿やレーヨンなどのセルロース繊維を染める染料では染色が出来なかったことからアセテートの染色用に開発されたのが分散染料です。後にポリエステルやナイロンのような疎水性の合成繊維の染色に有効であることが判り、特にポリエステル用に多くに種類が開発されてポリエステルの高温高圧染色に広く使われている。分散染料は水に完全に溶解しないため分散剤と言う界面活性剤を用いて染料分子を分散させて繊維に吸着させることから分散染料と呼ばれています。ポリエステルをはじめアセテート、ナイロン、アクリル、ビニロン、ポリウレタン等の染色に用いられています。(引用元:染色の仕組みと代表的な染料9種類を分かりやすく解説 元記事は下記リンクから参照ください)
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移行が起きやすい素材
移行昇華は各種の染料の中で主にポリエステル繊維の染色に用いられる分散染料に限って起こる現象です。また移染されやすい(昇華した染料を受け入れやすい)素材としてはポリウレタンやゴムが挙げられます。ポリエステルやナイロン(ポリアミド)も同様に染料を受け入れやすい素材として挙げられるので特に濃淡での配色使いのように素材が密着している場合は深刻な移染を起こすことがあります。
発生のメカニズム
ポリエステル繊維は分子構造が緻密で常温・常圧では染料が浸透しないため高温・高圧下で分散染料を繊維内部に押し込んで染色します。そのため一般的には移染や色落ちが起こりにくい素材です。しかし高温下におかれると繊維内部に均一に分散していた染料が表面に移動するサーモマイグレーションという現象が発生します。繊維表面に移動した染料は時間の経過とともに気化(昇華)して密着している素材に移動・吸着されて移染が起こります。
移行昇華発生の4条件
1. 温度
温度は移行昇華に最も大きな影響を与える要因です。緯パン的には120℃前後の高温で加速度的にしますが、輸送・保管時の60℃程度の温度でも長時間曝されることで進行します。輸送時のコンテナ内は70℃以上になる事も多く移行昇華が進行しやすい条件が想定されます。
2. 圧力と密着
昇華した染料分子が気体として移動する時には密着している素材同士の距離が近いほど、また密着度が高いほど、染料分子の移行が起こりやすくなります。濃色と淡色の生地やパーツが縫い合わされていたり、梱包によって何百枚もの製品が積み重ねられている場合など、気化した染料分子は逃げ場を失って密着している素材への再吸着が起こりやすい。
3. 時間
移行昇華が瞬間的に起こる反応ではなく、時間の経過によって移染が進行します。一般の染色堅ろう度が良好な製品でも保管期間が長くなることで微量な昇華が蓄積して、目視できるような移染となってしまうケースが多く見られます。
移行先素材の化学的性質と色
染料が移行する先の素材の化学的性質も重要な要因です。ポリウレタン樹脂・ゴム・ナイロン・ポリエステル系の素材は染料を受け入れやすいため汚染を引き起こすことがあります。また移行元となるポリエステルが濃色や鮮やかな色で移行先の素材が淡色の場合には移染が商品価値を著しく低下させてしまいます。
移行昇華が起こりやすい色は
トラブル事例
物流・保管
最も多くに事例が報告されるのが、倉庫や輸送中の環境によって引き起こされる場合です。保管や輸送の際に、予期せぬ「熱」や「圧力」が製品にかかることで移行昇華が発生します。特に夏季の海上輸送コンテナなどでは70℃以上の高温になる事があり熱と積み重ねた製品の荷重圧力によって昇華移染が進行する条件が揃うことによるものです。
デザイン・配色のリスク
スポーツウェアなどでポリエステル系の濃色生地に白などの淡色でロゴや背番号を樹脂プリントした場合には生地の染料がプリント部分に移行してにじみ出る「ブリード現象」が起こります。また同素材の濃色と淡色を縫い合わせる配色デザインでも濃色側の染料が淡色側を汚染する事例が報告されています。
移行昇華が起こりやすい色は?
分散染料の中でも移行昇華のリスクが高いのは鮮やかな赤(レッド)や黒(ブラック)・紺(ネイビー)のような濃色です。鮮明色は染料分子が小さく低い温度でも気化しやすいためサーモマイグレーションが起こりやすく赤系の鮮明色は事例が多いです。濃色の場合は濃色表現の為に大量の染料を繊維に保持させる必要から繊維の表面に未固着の染料分子が残りやすく移染を引き起こす原因となります。
副資材への移染
淡色のプラスチック成型パーツやウレタン樹脂をコーティングしているテープなどのパーツ、合成皮革、ゴム製の資材に対しても移行昇華が起こります。また製品の下げ札にはウレタン樹脂やポリプロピレン樹脂がコーティングされているものがあり、この場合にも下げ札の淡色部分が汚染される事例も報告されています。
消費者の使用環境におけるトラブル
炎天下の車内に放置された製品が車内の高温で昇華を起こしてシートや他の衣類を汚染したケース、昇華転写プリント※のウェアに直接アイロンを使用してアイロンに付着した染料が別の衣類を汚染したケースなどがあります。
※昇華転写プリントとは
昇華転写プリントは主にポリエステルの布に使われる方法で分散染料インクが使われます。インクジェットプリンターによる多彩で鮮やかなフルカラー印刷が可能で写真などの複雑なデザインもプリント可能です。転写紙という専用の紙にインクジェットプリンターでデザインをプリントしたものに素材を重ねて180℃~205℃の熱と圧力を加えて昇華させてプリントすることから昇華転写と呼ばれます。このプリント技法のメカニズムは移行昇華が起こるメカニズムと同じです。
品質を守る「昇華堅ろう度試験(JIS L 0854)」の読み方
試験方法
「昇華堅牢度試験」とは、染料の昇華によって起こる色の変化や色移りを評価する試験です。昇華現象を引き起こす分散染料はポリエステルやアセテートなどに使用され、昇華現象による移染を引き起こすことからポリエステル混・アセテート/トリアセテート混の素材を対象に昇華による移染の発生度合いを評価する試験です。試験方法は試料に2種類(綿または絹とポリエステル)の白布を取り付けた複合試験片を作り、ステンレスの板に挟んで荷重を加え120℃で80分間加熱後に放冷してから試験片の変退色と白布の汚染度合いをグレースケールで判定します。
判定基準
変退色:試験片(試料)に元布と比較して変退色がどの程度見られるか (一般的な目安は4級以上)
汚染:ポリエステル白布の汚染度合いをグレースケールで判定、綿/絹は基本移行昇華で汚染されないので比較の為添付される(一般的な目安は4級以上)
カスタマイズ試験
トラブルを未然に防ぐ5つの対策
1. 還元洗浄(RC)の徹底
移行昇華を抑制するために染色後に行われるのが「還元洗浄(Reduction Clearing, RC)」です 。ポリエステル繊維を分散染料で染色した際、繊維の表面には未固着の染料粒子や、サーモマイグレーションによって表出した染料が残留して昇華の原因となります。これらの染色後に繊維表面に残っている未固着染料を化学的に分解・除去する方法として還元洗浄を行います。工程としては染色後にハイドロサルファイトや二酸化チオ尿素などの還元剤を用いて洗浄して洗浄後に酸を用いた中和工程を行います。
2. 適切な染料・素材の選定
低移行性染料の使用(移行の起こらないカチオン可染ポリエステルの検討)
カチオン可染ポリエステルを使用してカチオン染料のみで染色すると移行昇華は起こらないので製品アイテムによってはカチオン可染ポリエステルの使用を検討する。ただしカチオン可染ポリエステルを使用していても色によっては分散染料を使用している場合があるので注意が必要です。
昇華の影響を受けないナイロン(酸性染料)への切り替え
ポリエステル素材をナイロンに置き換えることで移行昇華は防ぐことが出来ます。一般的にナイロン繊維の染色には酸性染料が用いられ、酸性染料は移行昇華を起こさないので防寒着やスポーツ衣料・バック類のようにコーティングやラミネート加工が多用されている生地にはナイロン素材が用いられることが多いです。
3. バリアコーティング(ブロッキング加工)
この加工は主にフィルム・合成皮革・産業用ディスプレイ材料などの表面処理に用いられ、反応型水系ウレタン樹脂(エラストロン等)を表面に施し、染料の気化拡散を物理的に封じ込める手法です。
4. 保管・梱包の工夫
倉庫での保管時には、生地同士が直接触れないように間に中性紙を挟むなどの物理的な遮断が有効です。また、製品を高く積み上げすぎないことで、下層部への圧力を軽減する。直射日光や高温多湿を避けるなどの配慮の必要でになります。
5. 配色設計の配慮
ポリエステル同士や移染の起こりやすい素材の組み合わせで特に濃淡がありポリエステル側が濃色の配色や組み合わせは避ける方が賢明です。どうしても濃淡配色デザインにしたい場合には素材の変更も視野に入れて検討することをお勧めします。また事前に使用素材の堅牢度試験データを確認することも必須です。ちなみに染色堅牢度は生産ロットによって誤差があるのでデータ取得は基本量産ロットで行うことが望ましいです。
トラブルが起きてしまった時の対処
除去の難しさと応急処置
昇華移染によって一度素材の内部に浸透してしまった染料は、クリーニングでの完全除去が極めて困難です。 汚染されていない布を当ててアイロンをかけ、染料を移し取ることを繰り返せすことで多少薄くなる可能性はありますが、完全に元通りにするのは難しいのが現実です。汚染部位の素材や汚染範囲によってはインキングという修整技法でリカバリーが可能な場合もあるので一度修整工場に見てもらって修整の可否を確認し可能性があれば修正サンプルを作成して検討する方法もあります。
まとめ
繊維素材としてポリエステル繊維は避けて通る事の出来ない素材です。ポリエステルはその汎用性と低コストであることから婦人衣料・カジュアルウェア・スポーツ衣料など広範囲のアイテムに使われているため生地同士の移染だけではなく副資材パーツや梱包資材、製品下げ札に至るまで移染が起こる対象になります。また、一旦トラブルが発生してしまうと修正が難しく、大きな損失につながる可能性もあるので物流や保管までを含めたトータルな管理が必要になります。公的評価機関のデータや事例も活用しながら現場の知恵を融合させてあらかじめ対策をしていきましょう。